思い出のカルテ

 苦いカルテも色々あるが、今回は私にとって嬉しいカルテを記すとしよう。

 S子ちゃん、4歳で初めて来院。乳歯の隣り合う面に虫歯あり。何度か通院 してもらって治療終了。その後は、定期的にフッ素塗布と歯のクリーニング施 行。今年S子ちゃんは中学3年生。今年も虫歯の発症はなく、歯肉も健康なピ ンク。お母さんに、よく手入れができている事を伝えると、S子ちゃんは小学 生の弟に指導していると。

 「あのね、萌え立ての歯は竹の子と同じでね、柔らかいから、すぐに虫歯菌 に食べられるんだよ。萌えてからの3年間は、特にしっかり歯垢を取らないと いけないんだよ」と、私の口調をそのままに伝えていると(やさしい口調で言 ってくれていると期待したい)。

 診療室では口数の少ないS子ちゃんだが、萌出した直後の歯は石灰化が未熟 であるという事をしっかり理解してくれている事がとても嬉しかった。今後も 自分の歯と歯肉を守ってくれるに違いない。

 次は、現在75歳の男性のTさん。45歳で30年前に初来院。中等度の歯 周病。虫歯の治療、歯石除去、歯のブラッシング指導等、半年程通院してもら った。それからパタリと来院がなくなった。10年程過ぎ、Tさんが再び顔を 見せてくれた。

 久しぶりにお口の中を拝見(私は、ガタガタになった歯や歯肉を想像しなが ら…)。

 ところが、私の想像に反してみごとなまでに歯肉はすっきり、ピンクで健康 な状態を呈していた。驚いていると「色々忙しくて…。でも、この10年、先 生に言われたように、何もつけずに時間をかけて“ながら歯みがき”をしてい たよ。歯ブラシを手に取ると、先生の恐い顔が浮かんでね…」と。

 恐い顔はよけいだが、ま、頑張ってくれていた事は確かなようだ。歯肉を見 ればわかる。歯周病予防は、丁寧な歯みがきにつきるといわれているが、日々 の診療の中で、これを実感している。

 それに、最近では「口の中が汚れると、早く磨いてくれ!!気持ちが悪い。っ て口が言うんですよ。口が」とTさん。

 初診時のTさんの口腔内と現在の口腔内を比較して、ニンマリしているこの 頃である。



 
入江 絹子(2023年12月『熊本保険医新聞』掲載)