一人ひとりに届ける福祉が支えるフランスの子どもの育ちと家族
(かもがわ出版・2023)安發 明子 著

 この本は、自分で買い求めたものではなく、知人にいただいたものである。これまでベールに包まれた印象だったフランスの子育て支援の霧が晴れた感じ がする。

 日本で生活保護ワーカーをしてバーンアウトした著者が、フランスで出産・子育てして出会った子供と家族をまるごと支えて育てる社会のかたちを私達につまびらかにしてくれた。

 まず印象的だったことは著者が出産した時のシーン。2,3分前に帝王切開で産まれてきたばかりの娘に対して、接するすべてのスタッフが自己紹介し、これからのケアや医療行為について説明し、一人の人間として声をかけている。 その根拠になった思想は精神分析家のフランソワーズ・ドルト(1908-1988)。戦間期の赤ちゃんに母親のこと、ケアする人のことを説明し母が身につけていたものを与え、赤ちゃんが理解し納得したらミルクを飲み生き延びることを 証明した。子育てに悩む親たちは、こぞって彼女の出るラジオ番組に耳を傾けたという。にわかには信じがたいかもしれない。「どんなに小さくても子供の意思を尊重する」「子供は説明すれば理解できる」「子供は自分の人生に責任 がある」「子供は大人と全く平等な存在。子供には真実を話すこと」「子供は直観として真実を知っている」。

 この人権思想は400年間の奴隷制度をめぐる歴史の中で進化し、2001年大きな転機を迎え奴隷制度を上下両院が「人道に対する罪」と認めシラク大統領は奴隷制度による犠牲者を追悼する日を定めた。

 もう一つは、著者が渡仏後ビザ手続きした時にフルタイム就職先が決まってないことを理由に担当ソーシャルワーカーが付いたこと。妊娠初期面談時にも、産科に専属するソーシャルワーカーが付いたという。生活保障に関する制度 は日本とフランスでほとんど差はないそうだ。日本は申請主義で漏れが生じて捕捉率が低い。対して、フランスでは専門職が市民に福祉を届ける点が決定的に違っている。

 そんなフランスでも若者が苦悩の末に自殺することもある。ある時自殺した歳の男の子を偲んで500人が行進し、新聞のトップページで紹介され、母親は「自分自身でい続けられるように闘ってください」とインタビューに答え著 者は涙した。著者は、日本で自殺している500人の若者への扱いと対比し、 500人の生きた存在を検証しなければという。

 手元に届いた月刊保団連4月号特集「孤立出産はなぜ起きるのか」に、安發明子さんの投稿「母親を孤立させないフランスの社会的支援」を見つけた。ともにお薦めしたい。

くわみず病院
板井 八重子(2024年5月『熊本保険医新聞』掲載)