はーい、右マンボ

 「はーい、右マンボ」と声がかかると、右足が出る。鏡を見ても、足は出せない。真後ろで、インストラクターの動きを真似る方法も、もたもたしてうまくかない。
 動きを覚えることは、「手続き記憶」と呼ばれるものだろうけど、言葉を介さない記憶は、加齢とともにピンとこない。若いひとは言葉なんて不要で、すっと動きを覚えられます。わたしのような年配者は、言葉を頼りに動きを覚えます。「マンボ」と声をかけてもらったほうが足が出るのならば、「意味記憶」優位なのかなと、思ったりします。
 こんな言い訳をいっぱい考えながら、スポーツクラブのエアロビクス通いに頑張っています。COVID-流行初期にはスポーツクラブは控えたけれども、運動不足からの体重増加、ぎっくり腰など、加齢と引きこもりの副作用が重なったため、マスクをしながら再開しました。
 エアロビクスは、準備運動とコリオと呼ばれる運動のまとまりを覚え、数回繰り返しをして脈拍を上げて、最後にクールダウンし、全体で45分間ほど、インストラクターの動きを真似て行います。今は、マスク下の運動なので、運動強度は弱めです。なんだかんだで、体の動きを順を追って覚えるため、認知症の予防になるはず。
 アルツハイマー病患者さんが、「マネするな」と自分の影に怒りだしたという逸話を聞いたことがありますが、動物進化論では、鏡に写る自分を自分であると認識できるには、一定の能力が必要らしいとのこと。子犬は鏡に向かって吠えますよね。エアロビクスで、左右の動きをそろえるやり方として、自分を含む大勢の人の鏡像を確認するのがひとつのテクニックなのですが、あまりにも凝視すると船酔いみたいになります。前庭平衡機能の老化現象でしょうか。自分の手足がどの位置に置かれているのか自分で把握するには、結構難しい能力だと思います。発達障害のこどもさんには、このことが苦手な人がいます。60代のわたしにとって、エアロビクスは感覚統合の訓練みたいです。
 理屈とは別に、若い人に混じって運動することは楽しいものです。みなさん、お世辞でしょうが、10歳くらい若く見えると言ってくれます。ひと汗流せば、有酸素運動で脳内のセロトニン濃度も上昇していることでしょう。抗うつ薬よりも安上がりで効果的かもしれません。80歳まで継続できたならば、またご報告します(笑)。

熊本ファミリーメンタルクリニック
安川 節子(2023年3月『熊本保険医新聞』掲載)