ささやかな行動変容
内科医にとって、患者さんの行動変容と向き合うことは、かなり重要な仕事である。しかし、自分の行動変容についてはあまり向き合わないで生きてきたような気がする。今年2月に夫の死と遭遇し、ささやかながら行動変容を経験することになった。
まずは、寝るときに夫が聞いていた枕元のラジオにスイッチを入れる習慣が付いた。最初は音が聞こえるだけで、寂しさがまぎれることを知った。今では「深夜便」のファンになり、そこで繰り広げられる世界があることを知って気持ちが満たされている。
次に、ガラケーの充電器を携帯する習慣が付いた。以前は、ほぼ携帯することはなくホテルや職場で探し回っていた。夫は几帳面にコードを巻き付けてバッグのきまったポケットにしまってあり、よくお世話になったものだった。今私は、携帯電話だけでなくアイパッドの充電器も一緒にお気に入りのポーチに入れて身につけている。大騒ぎする必要がなくなりかなりの安心感につながっている。
もう一つは筆記用具。バッグのどこかに入っているはずの筆記用具をあちこち手さぐりで探して、結局なければ人様のお世話になる自分に嫌気がさしながらも、行動変容できないできた。ある日、その辺に転がっていた黒い革のケースが目についた。中を開けてみると、SURVIVAL TOOLと書かれたキーホルダーが入っていた。その中に手のひらサイズのステンレス板が収まっており、そこにはヤスリ・カンキリ・センヌキ・クギヌキ・ナット・ジョーギ・マイナスドライバーの機能が閉じ込められていた。いかにも夫がすきそうなもので、岩手で求めたらしい。そのケースに「リボンの騎士」と「鉄腕アトム」のシールを貼って私のペンケースに変身させた。筆記用具はもちろん、印鑑・リップ・櫛まで収まりストレスが解消された。
闘病生活に入った一昨年、夫は来年の4月には「大山」に行こうと言ったが、かなわなかった。夫が目にしたかった大山の景色をぜひ見てみたい。コロナが収まったら息子夫婦や孫たちと一緒に行きたいと思っている。大きな行動変容だ。患者さんの行動変容ともこれまでとは違った向き合い方ができるかもしれない。
くすのきクリニック 板井 八重子(2020年8月『熊本保険医新聞』掲載)