2017年熊本地震
女性の立場からの安心安全な避難所への提言を振り返って

はじめに

 2024年1月末の熊本協会女性医師部会で能登地震が話題になったときに、ある部員が「避難所で男性スタッフが1日1人1枚しかナプキンを配布しない」ことが報道されていたとの情報を提供してくれた。そのときに頭に浮かんだのが、女性医師部会長時代に取り組んだ「女性の立場からの安心安全な避難所への提言」であった。
 TVで見受ける能登の避難所には、私たちが思いを込めて提言した「段ボールベッド」は見当たらなかった。頑張って提言を作り熊本県知事と熊本市長に提出して、安心していたことに気がつき頭を殴られた思いがした。いま一度提言に向き合う必要性に迫られ、思いついたのはあの「提言」を現地に届けて役立てていただけたらということ。熊本協会理事会に諮り、保団連震災対策本部を通じて石川県保険医協会に届けることができた。
 このたび、東京協会からこのテーマについての執筆依頼があり、今日的問題意識を整理する機会を得たことに感謝したい。


提言作成に至るまで

 熊本県保険医協会女性医師部会は1998年に発足し、「女性であることがハンディとなることなくキャリアを積む社会を目指すことを目的に、診療科・年齢を越えて、学習会・交流会・女性医師歯科医師の就労環境改善の取り組みをする」ことを申し合わせて、性被害など女性医師として社会貢献できる活動も行ってきた。その中で社会的使命を持った県内の女性専門家の、女性弁護士・臨床心理士・養護教諭の方々との交流を積み重ねていた。
 2016年に経験した熊本地震について意見交換するなかで、避難生活について、女性の視点から問題点を把握し今後の改善に役立つ提言を行ってはどうかということになり、そこで女性弁護士集団に呼びかけ合同で企画立案を行った。打ち合わせ段階で、ある女性弁護士が避難所で性被害に遭った被害者からの相談を受けているとの報告に接し緊張が走った。性暴力の原因が雑魚寝にあると聞き、この教訓を生かせるような提言を行いたいと決意を新たにした。

 熊本地震からちょうど1年後の2017年4月15日「女性の視点から見た安心安全な避難所運営について~私たちの経験から提言します~」と題する集いを行った。女性医師歯科医師と弁護士だけでなく、避難所運営にかかわった方々に呼びかけて43人の参加があり、関心の高さがうかがえた。
 第1部で、各避難所を回って性暴力防止ポスターを配布などした熊本市男女共同参画センター所長、阪神淡路大震災を経験し子どもたちに絵を描くことを通じて希望をもたらす活動を熊本でも行った神戸の画家、被災した妊婦さんに寄り添い続けた県助産師会長、避難所で法律相談に取り組んだ弁護士、避難所での口腔ケア指導をした歯科医師の経験を講演していただいた。第2部では、数グループに分かれ女性医師・弁護士がファシリテーター*を勤め、参加した当事者の経験を出し合いKJ法*でグループワークを行った。

*編注
KJ法:思いついたキーワードや情報を付箋やカードなどに挙げて、グルーピングすることで、解決方法やアイデアを発想する手法
ファシリテーター:会議などの場で参加者に発言を促したり、話をまとめたりすることで、話し合いをより良いゴールに導く進行役

 後日、各グループから出されたたくさんの意見や提案を整理し提言としてまとめる作業は大変であったが、女性弁護士たちに書面作成の知恵を提供していただき完成させることができた。ここでも女性弁護士との共同作業をしてよかったと思った瞬間であった。
 この作業を通じてある情報に触れて驚き不思議に思ったことがあった。それは、平成28(2016)年4月15日に内閣府政策統括官名で熊本県災害救助担当主幹部長宛てに大変まっとうな「避難所の生活環境の整備などについて(留意事項)」が発出されていたことで、こんな立派な指示が出ていながら、避難所生活はなぜ問題にあふれていたのだろうか。14日の余震に続けて16日に本震が来たので、混乱している県の担当者には対応する余裕がなかったのかもしれないとも思った。


提言の要点

 この提言は2017年8月に熊本市長に、9月に県知事に提出した。「提言」の全容は熊本県保険医協会のホームぺージに掲載し、会員以外の方にも閲覧していただける状態になっている。ここでは、要点について紹介する。

【提言の内容】
 全体を整理し、以下の4項目にまとめた。
1避難所運営に携わる女性リーダーの育成の強化・徹底
2避難所での防犯予防対策として性被害の対策の周知とその対策の強化
3口腔ケア・口腔衛生・感染症対策などの健康管理の徹底
4行政からの文章については、関係機関にとどまらず広く全国に周知し、日常的な行政と住民のより緊密なネットワークの構築

【提言の理由】
 私たちは専門職として生活者として熊本地震後の対応に当たってきた。1年がたち、被災したにもかかわらずたくましく前を向いている人たち、あるいは、まだまだ立ち直る基盤が作れなくて途方に暮れている人たちを目の前にし、また自分たちもその中にいる状況下で、この経験をぜひ今後に役立たせたい、無駄にしたくないとの思いを強くした。
 地震の最中の平成28(2016)年4月15日付で内閣府から熊本県に留意事項として通知されていた内容は私たちが望んだことであった。平成29(2017)年4月に内閣府から発表された自治体や避難所に対するアンケート結果は、私たちが抽出した問題点や改善点と重なり合っている。
 ストレスのない安心で安全な避難所をめざすために、行政と避難者が同じことを求めながらも、実際の運用において認識に大きなギャップがある事項に注目し、上記報告書にも触れられていない、あるいは不十分だと感じられる事柄について、以下申し上げる。


【各論】

1.避難所運営
 内閣府の調査では、73.8%の自治体が女性を含めた運営を想定しているが、熊本地震を受けた県内の自治体で、運営に女性を含めたのは55.2%、男女別の配慮がなかったのが27.6%、一方避難者の63.1%が男女別の配慮がなかったと答えている。
 運営者の中に女性がいることは必須であり、日常の中で女性が入る仕組みが必要である。しかし、女性が含まれていないことが多く、女性を含まなければならないという意識は乏しい。自治体は、要綱などで女性が入ることを定め、町内会役員の中に担当する女性を決めるなど事前の備えが不可欠であり、女性を含むリーダーの育成に力を入れていただきたい。
 病人・難病患者・障がい者に避難できる場所の情報の周知、支援が必要な人の情報を支援者が把握できるようにしてほしい。個人情報への配慮から、必要な人に情報が届かない事態が起きていたので、予め情報提供同意を確認し、支援に繋がるようにしてほしい。

2.トイレ
 女性は不便を訴えることを控え我慢した人が多い。内閣府の報告書にも指摘され備えも言われているが現実の対応は困難であった。平時から、行政・市民・各種団体が顔を合わせて研修・訓練が必要である。
①備蓄品に簡易トイレを
②震災時トイレットぺーパーは流さずゴミ袋に入れる
③車いすのトイレ補助訓練。小中学生以上を対象に全国基準サポーター育成
④便秘・熱中症・持病悪化予防のために水分摂取の重要性周知

3.支援物資
 乳幼児がいないのに乳幼児の紙おむつ、調理器具がない避難所に調理を必要とする支援物資が届いた。物資配布場所では「公民館長や地域の長でないと提供できない」と言われたり、福祉避難所の職員が利用者のために給水場所に行ったが「本人分しか配れない」との対応がされた。自主避難所には公的支援物資の支給ルートがなかった。
①物資の振り分け時、判断できる仕組みが必要。余った物資の再配分仕組み
②公的支援物資が、指定避難所以外の避難所や病院・福祉施設にも届く仕組み
③物資供給計画は、事前に流通事業者団体と協定を結び、「作業拠点」を確保し、避難所までのルートや保管場所を決める必要がある。「アレルギー対応食」「介護食」など特別ニーズへの対応は必要不可欠

4.母子問題
 被災後子どもたちは不安感が強い。一方絵を描いたり遊ぶことで表情が明るくなったり、子どもたちの壁新聞がコミュニケーションの助けになり、中高生が子どもをサポートする姿もあった。赤ちゃんが泣いても気兼ねしないスペース、発達障害の子に配慮したスペースが必要であるが、必要性が認識されず強い精神的苦痛を被った例も多く見られた。
①環境の整備:授乳・更衣・沐浴・遊び場・母子の特性への配慮
②子どもの心のケア
③食料の配慮(離乳食・授乳中母親への多めの水分・液体ミルクなど)
④災害時の母子支援の拠点・母子避難所の周知
⑤子どもの能力を活かした相互支援

5.情報・コミュニケーション・メンタルケア
 指定避難所以外の避難者への行政からの情報伝達が必要。自らも被災しながら対応に当たっている行政人への「ありがとう」はお互いの心の癒しになった。
①行政の情報をネット・新聞・ラジオで報道する
②自治会など地域コミュニティを再検討し情報を行政と共有できるネットワーク化を
③メンタルヘルスについて行政による発信を強化し、地域コミュニティ単位の研修会開催

6.性暴力被害
 避難所内では日頃であれば守られるルール、プライバシーの尊重は後回しにされ我慢することが求められる。ストレスを抱える非常時には物事の解決を暴力に頼る例が増えると考えられる。熊本地震後の調査結果には性暴力への言及はなかったが、実際にはDV事案や性暴力の被害の訴えや相談があった。非常時にも性暴力被害があることを知り、許さないとの共通認識をもつことが肝要である。そのために以下が必要と考える。
①性暴力とは、相手の意に反した性的行為であり、強姦や強制わいせつだけではなく、言葉での辱めや意に反した身体接触に対する周囲の許容、じろじろ見る視線さえも含まれることを徹底して啓発する
②学校教育・社会教育・あらゆる場を通じて、相手の意に反した接触・プライバシーの侵害・性的行為は許されず犯罪につながる可能性があることの啓発
③性暴力を許さない共通認識を住民が共有し、被害を打ち明けやすい意見箱の設置や女性運営者の存在を必須とする
④性暴力被害の予防のために、ベッドの使用・仕切りの設置・プライバシーに配慮した避難所の設置
⑤DV被害者・ストーカー被害者が加害者の目にさらされないための区画の設置。
⑥性暴力被害に遭った場合の対処情報(相談窓口・医療機関受診・緊急避妊・警察届け出)の周知徹底

7.口腔ケア・衛生
 災害関連の死因として誤嚥性肺炎・敗血症が多かったのは、唾液の減少・口腔ケア不足による口腔細菌が急増するためと考えられる。口腔細菌は1,000~6,000個存在し、まったく歯磨きをしないと1兆個に増加する。一方、感染症対策として混乱期を除き土足厳禁を徹底し感染の拡大を防げたのは災害研修・支援の成果と考える。
①防災グッズに家族分の歯ブラシを準備する
②口腔細菌の増加を防ぐために、被災直後から歯磨き
③口の乾燥を避けるため、意識して口や舌を運動
④食事はいつもよりよく噛んで少量ずつ食べる
⑤避難所は土足厳禁とする


おわりに

 『①避難所の設置に当たっては、被災者のプライバシー確保、暑さ寒さ対策、入浴および洗濯の機会確保など生活環境改善対策を講じること。整備に当たっては、購入のほかリースなどの活用も図ること。簡易ベッド・間仕切りパーテーション・冷暖房機器・テレビ・ラジオ設置。仮説洗濯場、簡易シャワー、仮設風呂の設置。仮設トイレ・要配慮者が使いやすい洋式の仮設トイレ②炊き出しに当たっては、メニューの多様化・適温食の提供・栄養バランスの確保③福祉避難所の設置など』
 これは先に触れた平成28(2016)年4月15日に内閣府から熊本県災害救助担当者宛てに発出された「避難所の生活環境の整備などについて」の概要である。
 2024年の能登半島地震に際して内閣府からどんな指示が出されたか未確認であるが、8年後がこれより後退しているとは思えない。しかし私たちが目にする能登の現実は熊本で経験した避難所と大差ないか悪化している。そして台湾の避難所との違いに愕然とした。
 国民の健康増進を社会的使命とする医師として、避難所の後進性を解決することにも問題意識をもって臨んでいきたい。2001年に誕生した「災害女性学」をおおいに学びながら。

■参考文献
「災害女性学をつくる」浅野富美枝・天童睦子【編著】生活思想社


くわみず病院
板井 八重子

出典:東京保険医協会『診療研究』誌6月号