いらない赤ちゃん? いてもらっては困る赤ちゃん?
赤ちゃんを「やむを得ない犠牲者にしない」
2022年8月30日の部内学習会で、慈恵病院理事長の蓮田健先生に2007年に開設された「こうのとりのゆりがご」、2019年から始められた「内密出産」について講演いただいた。
「ゆりかご」は、当時熊本県内で起きた赤ちゃんの殺人・遺棄事件の報道をきっかけに、親が育てられない子どもを匿名で受け入れる施設が必要だと痛感され、設置に踏み切られたそうです。預けられた赤ちゃんを、時間365日すぐに保護できる体制を整えており、それと並行して預け入れを前提とした相談にも対応しています。専属職員さんを配置して電話とメールで時間相談を受け付けているとのことでした。
「ゆりかご」の活動を続けてくる中で、1つの問題点にぶつかった蓮田先生。それは、「ゆりかご」が国内に1つしかないため、産後赤ちゃんを預け入れるために遠方から移動してくるお母さんがいるということ。自宅出産後遠方から新幹線で預け入れにくること自体、母子ともに危険を伴います。また「ゆりかご」に預け入れるためにリスクを伴う自宅分娩を選択するお母さんもいます。そこで、匿名で分娩施設で出産できる「内密出産制度」を開始されました。「ゆりかご」の設立当初は逆風もあったものの、徐々に世論を味方につけ、社会の中で「ゆりかご」「内密出産」の必要性が認知されたことで、国も重い腰を上げて動き出し、法整備が進みはじめてきたとのことでした。
蓮田先生は、「ゆりかご」に預けられず事件になってしまった裁判の傍聴も続けておられます。裁判で母親の声を聞いたり、捜査資料などに目を通すたびに、「この状況を阻止しないといけない」という気持ちが強くなるんだ、とお話されたことが印象的でした。同院に赤ちゃんを預け入れた母親とも交流を続けておられますが、そもそもそのような方達は社会的孤立を抱えており、周囲の理解と支えがなければ、出産し、赤ちゃんを連れ帰ったとて育てていくことはできません。国主導で法律的に明文化された内密出産制度を実施している国もある中、日本は一医療機関に多くの責任がのしかかってしまう現実を知りました。
今回の講演を通じ、改めて「赤ちゃんには何の責任もない」ということを痛感しました。ですが、世の中に「いらない赤ちゃん、いてもらっては困る赤ちゃん」が存在してしまうことは悲しいながら現実です。赤ちゃんを救うには制度と、人のあたたかい心の両方が必要だと、優しい笑顔で話される蓮田先生の姿を見て改めて感じました。1日でも早く法整備が進み、どのお母さんも安心安全な環境で出産の日を迎えられる日本になることを切に願うとともに、預けられる子どもたちの幸せのために私たちができることを改めて考えなければという思いを強くしました。
部会委員 森 博子(慈恵病院)(2023年3月『熊本保険医新聞』掲載)