ドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』

特別上映会&信友直子監督講演会

講演風景

 2021年11月26日(金)、映像作家の信友直子さんを講師に、ドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』上映会&講演会を開催しました。会場とWEB配信のハイブリッド形式で行いました。参加者は合計394人(会場146人、オンライン248人)で内訳は医療従事者133人、介護従事者43人、一般参加者218人と一般の方の認知症に対する関心の高さがうかがえました。
 講師の信友直子さんは1986年から映像制作を開始され、テレビを中心に多くのドキュメンタリー番組を手掛けています。今回上映した作品『ぼけますから、よろしくお願いします。』を2018年に監督・撮影・語りで制作し、これが初めての劇場公開作品となりました。劇場公開映画初監督でありながら、全国観客動員数20万人の大ヒットを記録。2019年には映画と同じタイトルの書籍も新潮社から出版されています。映画は令和元年度文化庁映画賞の文化記録映画大賞を受賞されました。
 講演会は『ぼけますから、よろしくお願いします。』の短縮版上映から始まりました。東京在住の信友さんが呉市に帰省する度に両親の日常をビデオカメラで録画記録している中で、母親が認知症を発症し、老老介護と遠距離介護の生活を送る家族の姿を撮影することになります。家族で認知症に向き合う中で認知症当事者と介護者、それを支援する家族のそれぞれの思いや葛藤がリアルに映し出されます。経過とともに介護保険サービスの利用が始まり、家族だけの閉鎖的な空間が、ケアを提供する他者の登場によって明るく開放され、家族が明るく変化していく様子に安堵します。とはいえ、ひとりの尊厳ある人間が認知症になり苦悩する姿を正直に映す映像は、ときに直視するのが辛く感じるところもありました。会場で息をのむ音、小さなため息が漏れ聞こえました。感情や態度はむきだしで本当のことが映っていたからだと思います.しかし、撮影している娘と認知症の母、それを介護する父はお互いを大切にしているからでしょう、映像は優しさと思いやりがあふれています。

信友直子監督
信友 直子 監督

認知症が私たち家族にくれたギフト

 映画鑑賞のあと、信友さんが講演されました。まずはご両親のその後の報告でした。映画公開後、お母様は脳梗塞発症を契機に入院、リハビリを経て一時自宅退院されたものの脳梗塞再発を契機に再びの入院で療養後お亡くなりになりました。お父様は今も呉市で一人暮らしを続けていらっしゃるそうです。映画公開後も信友さんによる家族の記録は継続され、お母様が亡くなるまでの日々が続編映画となって近日公開予定です。長期入院療養生活の中、胃痩造設について大変悩まれたことから、本人が元気なころから将来の医療やケアについて話し合うことの大切さについて語られました。お母様自身はどんなふうに選択したかっただろうか、胃瘻造設を決めた家族の選択はお母様を苦しめたのではないか、と今でも考えこんでしまうそうです。お母様の最期の日々に家族はなにを考え、どのようにして見送ったのか、も続編では描かれているとのこと。信友さんご自身がとてもいい映像になった、と自信をもって語られたので、期待が高まります。上映作品について、介護保険申請とサービス利用がとても力になったこと、利用を迷うときもぜひ窓口に相談してほしいと力強く語られました。映画の中で、介護保険を利用するに至るまでの重たい雰囲気が、介護保険利用後にふたたび多くの人でにぎわい、本来の明るい家になった様子からも、信友さんのその思いは伝わりました。家族以外の人に家族の姿を開示して公助や共助を求めることは、介護を必要とする人ばかりでなく、その人を支える家族にとっても力になることが伝わったと思います。この映画を制作するにあたり、撮りためた映像や編集後の映像を何度も繰り返し見つめる中で、信友さんは家族を見つめなおし、認知症の家族を介護することの意味について考え続けたと語られました。介護に励むお父様の考え方、価値観、母に対する愛情を感じることができ、ご自身の父親に対する感情や関係性が変化し、それが大きなギフトだったと語られました。介護を経験した人や今まさに取り組む人には共感と労りを送り、介護を準備している人には現実的な情報を提供し覚悟と勇気を促し、必ず老いていく参加者全員に人生を考えるきっかけを促してくれる講演会だったと思います。学術的な知識を学ぶのとは異なり、感情に訴えかけて自分ごととして考える貴重な機会になりました。
 映画本編、そして続編情報は公式サイトでどうぞ。続編映画『ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえりお母さん~』が2022年3月25日から順次全国公開決定。熊本ではDenkikanで公開予定です。

理事 今村 理恵 記(2022年2月『熊本保険医新聞』掲載)