児童虐待の現状と早期支援に向けた取り組み
さる4月27日(火)、女性医師部会内学習会を開催いたしましたのでご報告します。
女性医師部会では、ここ数年、「女性と子どもの貧困と虐待」というテーマを掲げ、講演会や勉強会での学びや意見交換を続けております。特に今年度はコロナ禍に伴い、全国的に児童虐待事案が増加しているという報道を受け、「児童虐待の0次予防(妊娠期からの予防)・一次予防(虐待が起こる前の予防)」を年間テーマとして活動していくこととし、その第一歩として、熊本県における児童虐待の現状とその支援を知ることから始めることとしました。
今回の学習会では、熊本県児童相談所児童施設・初動課長の高松江三子さんにご講演いただきました。高松さんは、児童相談所(以下「児相」)に通告があった時に初めに動き、子供の無事を確認する「初動班」に属しておられます。また、入院が必要なより重症な事案について、医療機関と児相との情報シェアを先頭に立って行い、まさに熊本県の児童虐待の現場で奮闘されていらっしゃる方です。
はじめに、熊本県下三箇所の児相における虐待対応件数のグラフが示されました(図1)。虐待件数は全国的な傾向と同じく右肩上がりなのですが、その際に提示された数値に驚きました。現在熊本県中央児相で対応している児は、全児童人口の約0.5%、熊本市児相に至っては、全児童の0.85%が虐待を受けているというのです。0.85%というのは118人に1人。小学校の3クラスに1名ほどの人数になります。この数字を聞いた時、児童虐待は決してまれなことではないのだ、と実感しました。
虐待は、身体的・性的・心理的虐待とネグレクトの4つに分けられますが、1種だけではなく、多くの事例で虐待の併発が見られるとのことでした。特に、性的虐待は本人が話さなければわからないことも多く、実際は統計より多い件数が隠れているのではないかと推測されます。性的虐待を含めた全身の系統的診察を受けられる医療機関が熊本にはなく、現時点での課題となっているとのことでした。
また、虐待対応を要した子どもの年齢は、小学生までの低年齢層が約8割を占めていたとのことでした(図2)、このことからも、妊婦健診・乳児健診などを利用して低年齢のうちに虐待の芽を摘むことの重要性がわかります。
平成29年の母子保健法・児童福祉法の改正により、子育て世代包括支援センターや家庭総合支援拠点が整備され、地域全体で子どもを支える仕組みが強化されました。1機関だけでの支援ではリスク評価が一面的になるため、多職種・多施設での役割分担が必要な点もありますが、現時点では連携がうまくいっておらず、今後の課題となっているそうです。
今回の学習会でのお話で心に残った言葉が、「傾聴だけでは空腹は満たされない」というものでした。虐待、もしくは虐待に発展しそうな親の行動は、家庭の余裕のなさから生じることが多く、例え親がSOSを出しても、ただ親に頑張らせるような支援であれば解決には繋がりません。情報提供だけでなく、確実にサービスに結びつけ、親が虐待に走らなくてすむ生活の余裕を生み出す支援を行うことを目標とすることが効果的と考えられます(図3)。
今回、オブザーバーとして参加していただいた熊本赤十宇病院小児科の武藤雄一郎先生から、近年経験した重篤な虐待事案について、家族はSOSを出し、市町村からの十分な情報があっても、防ぐことができなかったというお話がありました。講演の中で話された、市町村の持つ様々なサービスの多くを小児科医が知らないこと、誰にどのように相談したらいいのか、仕組みを理解しておくことの重要性を改めて感じたという感想をいただきました。
今回の学習会で、地域支援についての新しい知見を得ましたが、仕組みがあってもそれをうまく利用できていない現状があります。児童虐待は、ただ見つけて親を処罰すれば終わり、という問題ではありません。今回の学習会はあくまでも入口。今後も児童虐待の対応・予防に関わる様々な職種の方と議論を重ねながら、虐待問題に苦しむ親子が少しでも減るように活動していきたいと思いました。
部会委員 森 博子(慈恵病院・小児科)記(2021年7月『熊本保険医新聞』掲載)