10万個の子宮と子宮頸がんワクチン

-命と健康をワクチンで防げるがんから守るために-

 2020年11月28日、医師でジャーナリストの村中璃子先生を講師にお招きし、女性医師部会企画講演会を開催した。これまで他協会では村中先生の子宮頸がんワクチン問題に対する取り組みについての講演会が開かれており、熊本でもと数年かけてやっと実現できたという経緯もあり、是非先生には来熊していただき直に拝聴したかったのだが、昨今の新型コロナ感染拡大に阻まれオンライン開催となった。当日参加人数は111名と土曜日の夕方としては多く、熊本市外や県外からの参加も多数見られた。この点はオンライン開催の利点だったと言える。

村中璃子氏
村中 璃子 氏

 講演では、2013年4月、日本でも子宮頸がんワクチンが定期接種となり初回接種率は70%を超えていたが、2か月後に厚労省が積極的勧奨を中止してから0.2%まで落ち込み、2018年にやっと一%に戻った程度であり、その中止原因となった副反応と言われる神経症状のテレビ映像は記憶にあると思うが、その報道の裏では仮説に仮説を重ねてHANS(子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群)というエビデンスのない病態とワクチン接種を関連づけようとしており、その問題点に対して一つ一つ調査や解析をした結果を話された。二〇一六年七月に世界初の集団訴訟を起こし、マスコミを味方につけどんどん大きくなった反ワクチン運動の渦に対し向かっていく過程は、さながら推理小説を読んでいるかのようだった(部会委員の一人は医療サスペンスと評していた)。
 また世界の現状として、どんなワクチンでも導入直後は副反応が増え、その後減っていく「ウェーバー効果」があること、女性だけでなく男性側からも予防することを目的に2019年には102か国で男性への接種が導入されており、オーストラリアでは接種率が72.9%で、接種年代の10年後HPV感染率は1.1%と低値であること、スウェーデンのカロリンスカ研究所で初めて子宮頸がんのリスクについて、17歳以下で接種した場合88%、30歳以下だと53%リスク軽減が証明されたことなどを示された。
 昨年七月、これまでの二価と四価に加え九価のワクチンが日本でも承認された。また10月には厚労省が、公費によって接種できるワクチンの一つとして子宮頸がんワクチンがあることの周知と、接種について検討・判断するための情報提供を目的とし「HPVウイルス感染症に係る定期接種の対象者等への周知について」という通知を出し、関連リーフレットも改訂された。その中で、「HPVワクチンは最終的に子宮頸がんを予防できることが期待される」と明記し、「積極的な勧奨を一時的に控えているが、定期接種として接種できることに変わりなく、希望される方には行っていただく」と記載されている。これは大変な進歩であり、村中先生がこれまで重ねられてきた成果であろう。質疑応答の最後で感極まられた先生の涙に、これまでの大変な闘いを思い感慨深かった。
 先生は2017七年に子宮頸がんワクチン問題に関する一連の著作活動に対して、英科学誌「ネイチャー」などが主催するジョン・マドックス賞を受賞された。この賞は敵意や困難に遭いながらも公益に資する科学的理解を広めることに貢献した個人に与えられ、日本人としては初の受賞である。海外メディアには大きく取り上げられたにも拘らず、同じ「ネイチャー」掲載のSTAP細胞に沸いた日本のメディアには不思議なことにほとんど取り上げられなかった。報道の自由を謳いながら、一方でマスコミ操作が為されており、その影響力の大きさを自覚しているのかどうか疑念を感じる。新型コロナウイルスに対するワクチン接種が日本でも始まるが、その行く末を決める一因を報道も担っているような気がする。子宮頸がんワクチンと同じ轍を踏まなければいいのだが…。奇しくも村中先生はドイツにあるベルンハルト・ノホト熱帯医学研究所で新型コロナウイルスワクチンの治験にも携わっておられ、昨年光文社新書から本も出版されている。新型コロナ感染症が終息した暁にはサイエンス・ジャーナリズムも含めて、再度ご講演願えたらと思う。もちろん今度は是非、熊本で!

副会長 秋月 美和 記(『熊本保険医新聞』2021年2月掲載)